アフリカで活動をしている薬剤師のもとまさです。狂犬病ってご存知ですか?(輸入例を除き)1957年以降は日本で発生していないため身近な病気ではありません。ただ、発症後の死亡率が99%以上ということで流行地へ観光する際は注意が必要です。統計や感染経路、対処法や治療法など基本的なことを学び、自分の身を守れる知識を身に付けておきましょう。日本の情報は古いものが多いのでWHO(世界保健機関)やCDC(アメリカ疾病管理予防センター)などの情報を元に記事を作成しました。なるべく専門用語を減らし、簡単に書いてみました。
狂犬病が発生しているのはどこの国?
WHO(世界保健機関)で公表されている情報をご紹介します。(日本の厚生労働省が出している情報とは少し違います。)
アジアとアフリカのほとんどの国で狂犬病の危険性があり、中南米の一部でもその可能性があります。このような地域へ渡航する場合は狂犬病ウイルスの予防接種を考慮すべきでしょう。日本のサイトを見ているとアメリカやカナダにも色がついていますがそれは古い情報です。(国立感染症研究所や厚生労働省の情報ですら古いです)日本では狂犬病が発生していませんのでしょうがないかもしれないですが、情報収集をする際は国際機関のものを利用した方が信憑性が高いでしょう。
狂犬病に関する基本的な統計情報
2019年4月現在、WHOが公表している情報によると、年間59,000人が狂犬病により亡くなっており、150の国で未だに狂犬病のリスクがあります。そのうちの95%はアジアとアフリカで発生しており、約半数は15歳以下の子供たちです。アジアでは35,172名の方が1年間で犠牲となり、そのうち59.9%はインドが占めています。アフリカでは21,476名、中央アジアでは1,875名、中東では229名の狂犬病による死亡が報告されています。WHOは2030年までの根絶を目標に活動を行っています。ASEANでは2020年までの狂犬病根絶(東南アジア内)を目標としていたようですが、上記の数値を見る限り難しそうです。
狂犬病はどうやったら発症するの?
狂犬病は人畜共通感染症の一つです。狂犬病ウイルスに感染した犬などの哺乳動物にかまれたり舐められた場合に感染する病気です。「犬などの」と述べた通り、「狂犬病」という名前ですが、猫やウマ、コウモリ、ウシ、キツネ、アライグマ、タヌキ…などヒトを含むすべての哺乳動物に感染する可能性があります。逆に言うと全ての哺乳動物から感染する可能性があります。(今のところ臓器移植を除いてヒトからヒトへの感染は報告されていません)狂犬病ウイルスは唾液中に含まれており、噛まれた場合はもちろんですが、粘膜や傷口を舐められることで感染する可能性もあります。(恐水症や強風症などの典型的な症状が発症している場合を除き)外見ではその哺乳類が狂犬病ウイルスに感染しているかの判断は容易ではありません。できる限り近づかないことが重要です。
狂犬病が疑われる動物に噛まれた場合の対処法(ここ大事)
「狂犬病が疑われる動物」とは狂犬病ウイルスを保持している可能性がある動物という意味なので、上記の地図で示した流行国で哺乳動物に噛まれたり舐められた場合を指します。
WHOやCDCによると、哺乳動物に噛まれたり、舐められた場合、真っ先にすべきことは傷口の消毒です。流水で傷口を15分ほど洗い、できれば石鹸やヨウ素の希釈液(ヨードチンキ)などで消毒もします。その後、病院を受診し暴露後ワクチンの接種を行います。
病院では動物咬傷の発生状況について詳しく伝える必要があります。どこで、いつ、どの動物に、どの部位を噛まれたのか。狂犬病の予防接種有無についても伝えましょう。原因の動物が特定できており、その動物が10日~14日以上狂犬病の症状を呈さない場合は狂犬病の可能性を否定できるとされています。(暴露後ワクチンを途中で中止することが可能です)
狂犬病の治療法(少し専門的)
カテゴリー分類
引用:https://www.who.int/immunization/policy/position_papers/pp_rabies_summary_2018.pdf?ua=1
カテゴリーⅠ | 動物に触ったり餌をあげる、無傷の皮膚を舐められる | 暴露なし |
カテゴリーⅡ | 直接皮膚を動物に甘噛みされる 出血はないが引っかかれたり傷ができる |
暴露あり |
カテゴリーⅢ | 1箇所以上の咬傷(真皮に到達しているもの) 粘膜や傷のある皮膚を舐められる コウモリとの接触 |
重度の暴露 |
まず、狂犬病の汚染地域で哺乳動物との接触があった場合、カテゴリー分類を行います。これにより、治療の要・不要、重症度などの判断を行います。いずれのカテゴリーに置いても接触があった場合に皮膚を洗浄するのは変わりません。
治療スケジュール
引用:https://www.who.int/immunization/policy/position_papers/pp_rabies_summary_2018.pdf?ua=1
上段が予防接種なし、下段が予防接種ありのグループです。とてもややこしく見えますが、大きく分けると3つにしか分かれていません。②と②´はRIG(抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン)の接種が必要かどうかだけの違いです。
一箇所にワクチン接種を行う場合で説明すると、予防接種をしている場合は2回(接種初日(0日)、3日)、予防接種をしていない場合は4回(接種初日(0日)、3日、7日、14日)のワクチン接種を行います。免疫機能の低下している方は28日目に5回目の接種を行います。厚生労働省検疫所によると日本では4回ではなく6回接種するそうです。(0日、3日、7日、14日、28日、90日)
IDはIntradermalの略で皮内注射、IMはIntramuscularで筋肉注射を意味します。カテゴリーⅡとⅢではレジュメ(治療のスケジュール)が3種類ずつあるようなので、これは医師や病院の判断に寄ります。
治療薬(RIG)
RIG(抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン)を必要とするのは予防接種を受けていないカテゴリーⅢ(②´)の人たちです。できるだけ早く投与する必要があり、ワクチン治療開始後遅くとも7日以内に投与する必要があります。hRIG(ヒト由来のグロブリン)とeRIG(ウマ由来のグロブリン)に分類され、hRIGでは20IU/kg、eRIGでは40IU/kgの投与が必要です。eRIGはhRIGと比較して安価に手に入りますが、血清病※のリスクも考えられます。免疫グロブリンは傷の周辺に湿潤させる必要があり、ワクチンの接種部位と離す必要があります。CDCで紹介されていたhRIGを載せておきます。
引用:https://www.cdc.gov/rabies/medical_care/index.html
※血清病:異種抗血清の注射による過敏反応(ヒト以外の血清を注射したときに起こるアレルギー反応)のこと。対症療法として抗ヒスタミン剤や解熱鎮痛剤を用い、場合によってはステロイド剤なども使用される。
治療薬(ワクチン)
使用方法については上のスケジュールに書いてある通りです。CDCで紹介されているワクチンと、アステラス製薬が出しているワクチンの添付文書(一部/改変あり)をご紹介しておきます。詳し情報はリンクから参照ください。乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチンの添付文書を見るとやはり暴露後免疫は6回の注射が必要ですね。でも暴露前免疫(予防接種)の有無によって暴露後免疫の回数が異なるみたいな記述はないですね。日本に帰ったら問い合わせてみようかな。(アステラス製薬のHPを拝見したところ電話でしか問い合わせできないようだったので…)
引用:https://www.cdc.gov/rabies/medical_care/index.html
引用:https://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00000280.pdf
副作用
ワクチンやグロブリン製剤による重篤な副作用は多くないとされている。特に近年開発されているより新しいワクチン製剤の副作用発生率は低い。ワクチン接種した部位の痛み、赤み、腫れ、痒みなどの軽度な副作用は報告されており、稀に頭痛、吐き気、腹痛、筋肉痛、眩暈などの報告がある。グロブリンの接種により軽度の発熱や痛みの可能性がある。
狂犬病の潜伏期と症状は?
潜伏期(病原体が体内に入ってから症状を発症するまでの期間)は通常2-3ヶ月とされているが、7日~1年程度の幅がある。(潜伏期が2年、3年という例も稀にある)これは噛まれた部位や傷の深さにも関係するため一概には断定できない。狂犬病ウイルスは脳に到達して発症するため顔や首などの脳に近い部分を噛まれると潜伏期間が短くなる傾向にある。また、ウイルスの数にも依存するため、咬傷後すみやかに大量の水で洗い流すことが重要となる。
初期症状は風邪のような症状に近い。頭痛、発熱、倦怠感、吐き気、食欲不振、筋肉痛に始まり、咬傷部位(噛まれた部分)のヒリヒリ、チクチクするような痛み、痒みが起こります。その後、不安感や動揺、錯乱、幻覚、異常行動、不眠などの精神症状を呈します。狂犬病は別名「恐水病」とも呼ばれ、水や風、光などの刺激に過敏に反応するようになる。水を飲む(嚥下)する際に強い痛みを感じるため、のどの渇きで非常に苦しい思いをすることにもなる。このような症状があらわれてしまっては手遅れで治療をすることは叶わない。最終的に昏睡状態に陥り、呼吸機能が停止し死亡する。
狂犬病は100%防げる病気であることを知る
全世界で59,000人の人が毎年狂犬病によって亡くなっています。しかし、イヌなどの哺乳動物にワクチン接種を行う、ヒトにワクチン接種を行うことで100%防げる病気です。一度発症してしまうと99%以上の確率で死亡するため「不治の病」みたいな勘違いをしている人もいるかもしれませんが、適切な準備と治療があれば防げる病気なのです。狂犬病の汚染地域に渡航予定がある方。特に首都などの大病院へすぐにアクセスできない地域に渡航する方はを暴露前免疫(予防接種)について検討しましょう。
予防接種をすることで免疫グロブリンの接種が必要なくワクチン接種だけで治療が可能となります。免疫グロブリンは世界的に不足しており、病院に行ったからと言ってすぐに手に入るものではありません。流行地域だからと言って免疫グロブリンが手に入るとは限りませんのでご注意を。予防接種を受けることにより治療効果が高くなります。予防接種を受けたのが十数年前だったとしてもです。ですので、海外旅行が好きな方や、国際協力などの道へ進む方にとっては必須の予防接種と言えるでしょう。ただ、予防接種をした人が暴露後免疫の治療を受ける際は「予防接種してます!!!」って忘れず医師に伝えて下さい。これ大事です。
狂犬病の予防接種
WHOのPrEP(Pre-exposure prophylaxis)という予防接種では最初にワクチン接種した日を0日とし、0日、7日、21-28日目に計3回の接種を行います。一方、日本では上のアステラス製薬が販売している乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチンの添付文書でもご紹介した通り、4週間隔で2回接種した後、6-12ヶ月後に3回目のワクチン接種を行う事とされています。もとまさが青年海外協力隊としてモザンビークへ赴任するために受けた例をご紹介すると…
1回目:2017年4月25日(0日目)
2回目:2017年5月2日(7日目)
3回目:2017年5月26日(31日目)
ということでほぼWHOの提唱するスケジュール通りに接種していることがわかります。因みに接種したのはKAKETSUKEN(化血研)のワクチンなのですが、平成30年7月2日にKMバイオロジクス株式会社へ人体用/動物用ワクチン事業、血漿分画製剤事業、臨床検査業務などの主要事業を譲渡したそうです。ということで、使ったのはアステラス製薬が販売している乾燥組織培養不活化狂犬病ワクチンと同じものだけど、添付文書とは違うスケジュールで投与されたということがわかりますね。
狂犬病の予防接種ができる医療機関
FORTH(厚生労働省検疫所)で検索が可能です。暴露前、暴露後の狂犬病のワクチン接種に加え、A型肝炎、B型肝炎、破傷風、日本脳炎、麻しん、b型インフルエンザ菌(Hib)、黄熱、ポリオ(不活化ワクチン)、コレラ、ダニ媒介性脳炎、二種混合(ジフテリア、破傷風)、腸チフス、髄膜炎菌(4価結合体)、マラリア予防薬、ジフテリア、風しん、MR、四種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ)、T-dap、DPTなどのワクチン接種が可能かを調べることができます。下のリンクをご参照ください。
FORTHの予防接種実施機関検索
→https://www.forth.go.jp/moreinfo/vaccination.html
狂犬病の正しい情報を集めるのは難しい
現在、日本では狂犬病のリスクは輸入例を除きありません。非常にいい事なのですが、情報収集をする面で言うと英語やフランス語などの文献でなければ最新の情報を手に入れられないのも事実です。WHOやCDCのページも英語で専門用語が書かれているので解読するのが大変。FORTH(厚生労働省検疫所)がWHOの出している情報を和訳したページは比較的新しいですし、日本語なので読みやすいです。下のリンク集に載せていますのでご覧ください。
今回この記事を書こうと思ったのはあるJICAの健康管理員と話したのがキッカケです。JICAの健康管理員と言えば、途上国などの日本ではあまり知られていない感染症や病気について十分な知識を持っていると思っていました。しかし、狂犬病の治療は「加害動物が観察可能かどうかでワクチンの接種回数が異なる」とか、「JICAでは新しい情報に更新してなかった」とか言われて不安になったからです。最も狂犬病と接触する可能性の高い人たちが所属する団体でこのレベルなら、普通の人はもっと知らないんだろうなと思い、自分の勉強もかねて書かせていただきました。日本の薬剤師や医師も狂犬病についての知識はあまりないと思います。少なくとも臨床経験のある薬剤師や医師はほとんどいないと思います。JICAの健康管理員の例を見てもわかりますが、正しい情報を手に入れるのは難しい。皆さんも情報収集をするときはなるべく色んな場所から情報を集めるとともに、なるべく一次情報を参照するようにしてください。(僕の情報は一次情報とは呼ばないのですが(笑)一次情報のリンクは載せていますので!)
最後まで読んでいただきありがとうございました!
国立感染症研究所などの情報も拝見しましたが、(輸入感染症を除き)日本には狂犬病のリスクがありませんので古い情報しかありませんでした。また、他のブログや病院のHPなども拝見しましたが情報が更新されていないケースも見られましたので、必要があれば一次情報の確認をするようにしましょう。(アメリカやカナダなどが未だに感染の可能性があると記載されているサイトは古いです。)今回はWHOとCDCの情報を優先して記載しました。モザンビークに住んでいる身として、現在のインフラや経済状況、衛生環境を考慮すると2030年までに根絶するのは難しいだろうなと感じます。私が住んでいたのはモザンビークの中で最も狂犬病ウイルスを保有しているイヌの捕獲数が高かったキリマネという地域。夜になると犬が正気の沙汰ではない吠え方をしていました。常に犬や猫とは距離を置いて生活していましたが、それでも向こうから近づいてくるケースもあります。またアジアやアフリカで活動をしていた友人は逃げたにも関らず追いかけられて噛まれたケースもありました。危険を感じた際は逃げるのはもちろん、道端に落ちている石などを拾い投げることも有効です。(経験より。)何はともあれ、防げる病気ではありますので感染が疑われる場合は早急に適切な治療を受け、発症しないようにしましょうね。では、安全に気を付けて楽しい海外生活を送りましょう!最後に狂犬病の情報を収集するためのリンクを記載してきます。
狂犬病に関するリンク集/参考文献
WHOの狂犬病に関するページ(英語)
→https://www.who.int/rabies/en/
CDCの狂犬病に関するページ(英語)
→https://www.cdc.gov/rabies/index.html
厚生労働省の狂犬病に関するページ(日本語)
→https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
厚生労働省の狂犬病Q&A(日本語)
→https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html
厚生労働省検疫所の狂犬病に関するページ(日本語)
→https://www.forth.go.jp/useful/infectious/name/name47.html
厚生労働省検疫所がWHOの狂犬病に関する資料を和訳したページ(日本語)
→https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/03181444.html
国立感染症研究所の狂犬病に関するページ(日本語)2006年の情報
→http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/325/tpc325-j.html
※なるべく正しい情報を収集するように努めておりますが、何か間違っている点、不明な点などありましたら連絡いただけますと助かります。最終的な判断につきましては一次情報などを参照の上、ご自身で責任を持っていただけますようお願い致します。