あなたは空腹の孤児にお金を求められたら見捨てますか?


こんにちはもとまさです。

今日は、実際にモザンビークというアフリカ南部にある発展途上国で生活している身として、孤児にお金を求められた時の体験と個人的な感想を書いていきます。この記事を書こうと思った理由は、ある孤児との出会いで不安定になった心を落ち着かせ、考えをまとめるため。そして、この体験談や考えを読んで誰か1人でも支援の手を差し伸べる日本人が増えればという想いで書いていきます。

 

前書き~孤児と物乞い~

まず、「孤児」「物乞い」という言葉に違和感や嫌悪感を抱く方がいるかもしれません。実際にあまり良くない言葉(差別用語)だから使わないようにしている人がいるという話も聞きます。それはそれで「差別をしないように配慮している」という意味で良いと思います。しかし、もとまさはあえてこの言葉を使います。その理由を少し書いていきたいと思います。
「貧しい子」「支援が必要な人」「お金に不自由している人」…。差別をしないように、どのような表現で彼らを呼ぶのかわかりません。しかし、ここで大事なのはどんなに綺麗に表現しようが、どんなにカモフラージュに包んでいようが、現実に変わりはないという事。

あえて、差別用語を使用する必要はありません。相手を傷つけるために使う言葉は良くないと思います。ただ、何に対しても、カモフラージュに包んでいれば良いというものではないということです。「貧しい子」と「孤児」のイメージって全く同じですか?僕は違います。少しではなく、結構大きく違います。「貧しい子」って、「孤児」も含んでいると思いますが、もとまさの中では「餓死するほどではないが、お金がなくて贅沢ができない子」というイメージです。対する「孤児」というイメージは生命の危機だったり、衣食住のいずれか、もしくは全てが欠けているイメージです。これらを「安直に同じ表現で一括りにすることには反対する」というのが個人的な意見です。

また何故、人は差別用語を使わないようにするのかということも考えました。「対象者を傷つけないように」、「人権を尊重するために」「差別を助長しないように」という基本的に皆さんが賛同するであろう考え方はもちろんですが、その差別用語を発した自分自身が、「意識的・無意識的にその現実を直視しないようにしているのではないか?(他人事)」「その現実を知っていながらに何もしない自分自身を嫌いにならないために差別用語を避けているのではないか?」というのが個人的な考え方です。

ですので、時と場合は選びますが、あえて「孤児」や「物乞い」という言葉を遣うことで、その言葉から逃げないように、現実をこの目で見据えて自分事として考えるようにしているんだろうなというのがもとまさの自己分析です。

「お前はそうかもしれないけど、そんな個人的な意見で俺たちが悪いような言い方をするな!」という方がいれば申し訳ないの一言に尽きます。

 

孤児や物乞いが目の前にいるという現実

さて、このブログを見て下さっている方の多くは「ボランティア」や「国際貢献」「貧困」といった事に興味があるものの、実際に自身の経験として孤児や物乞いの人に会った経験はないのではないでしょうか?

日本でも、ホームレスとして生活している方は沢山いると思います。しかし、海外のように積極的にお金を求めてきたり、子供がボロボロの服を着てお腹を空かしていたり、ましてや大人が孤児や物乞いを馬鹿にして殴ったりからかうなんてことは毎日目にすることではないと思います。

しかし、これが途上国では現実です。

もとまさもテレビやインターネット、本などでそういった人がこの世界にいるということは知っていました。しかしそれは経験ではなく知識として。現実世界ではなく自身の生活と関係のないところで。目の前ではなく遠い世界のどこかで。

 

孤児に袖を掴まれて「お腹がすいたよ…。」と言われた経験

さて、本題に戻って、孤児にお金を求められた経験について話していきたいと思います。

8月18日金曜日の話です。ちょうどその日は赴任1週目の週末。しかも、嫌なことが重なってかなり疲れていました。

詳しくは書きませんが、「ボランティア」として赴任しているはずなのですが、同僚からの相談は「お金」ばかり。「JICAに紙を書けば器具を買ってもらえるから。」「お金がないから10MT貸してくれない?」と。しかも学校の不手際で引越しができずホテルを延泊する事態に。その後ホテルを延泊しようとホテルのカウンターに行くと「ビール代を払ってくれるならホテルを延泊させてあげるよ。」とここでもお金の要求。市場へ行けば隣の客とは違う値段を請求され、スーパーへ行けばお釣りをごまかそうとしてくる。

「何のためにここに来たんだっけ?」「外人ってお金にしか見えないの?」「講師としてのボランティアは必要ないのかな?」と負の感情が湧き出てきて、これからの活動に少しネガティブになっていたとき、UNICEFのあるページを見ました。
そこには6歳の男の子とその子のコメントが載っています。

 

My name is Fares and I’m three…four…five…four.
I don’t know how to read or write.
I only know how to draw the sky, the sea and the sun.
I’ve served food. I served beans, corn, hummus, water pipe, potatoes and seeds.
I’ve cleaned the store and sold ice cream to children.
I want to leave.
My house is like a prison.
I want to go to school.

 

少しボランティア活動に嫌気が差していたときだったのですが、この記事を見て

「そうだ!こんな子供を助けたいと思ってボランティアに来たんだった!」
「こんな想いをしている子がいるのに、これぐらいのことでへこたれていたらダメだ!」
「この子、これから学校に行って勉強ができたらいいのに…」とやる気が出たとともに、とてもこの子が可哀想でどうにもできない自分に今までとは違う方向で落ち込んだりしていました。

この様に赴任1週目で精神的・肉体的に疲れが溜まっており、そこに嫌なことが起こり、さらに可哀想な少年の記事を見てかなり心が弱った状態になっていました。その状態のまま夕飯を求めて外出。あまり食欲もなく、行きつけの総菜屋へ行って揚げ物をいくつか購入して店を出ました。(食欲がないのに揚げ物かよと思うかもしれませんが、選べるほどお店がないのが現状です。)そのお店はイートインコーナーも設けられており、2、3組の客が食事をしていたのですが、車の陰からその姿を羨ましそうに眺めている2人の少年が目に入りました。いつもであれば全く視線を送らずに立ち去ります。なぜなら、お金を渡すことは本当の支援ではないという自分の中での1つの決め事のようなものがあり、基本的にお金を渡す気がないので、変に期待させないように視線を送らないようにしていたのです。しかし、この日は少し様子が違いました。先ほど説明した通り、少し心が弱り、どうやって支援したらいいんだろうと悩み、子供を助けたいと思い…。UNICEFのページに写っていた少年と被ったのか、一瞬子供たちに視線を送ってしまったのです。すぐに視線を逸らして帰路についたのですが、その「一瞬」を子供たちは見逃しませんでした。

タタッと走って来て

「お腹がすいた…」と袖を引っ張ってきます。

いつもであれば、話しかけられた瞬間に断ります。期待させないために。でも、その日はなぜかそれが出来ませんでした。「No」と一言告げるだけ。それが残酷と言われようが、ボランティア失格と言われようが僕の中で決めたルール。

よく見ると服はボロボロ。体は汚れだらけ。靴はなく、やせ細っています。おそらく4歳と5歳ぐらいの兄弟だと思います。

途上国ではよくあることですが、子供にお金を稼がせるために親がわざとお金がない恰好をさせて物乞いをさせます。そんなことも一瞬頭を過りましたが、そもそもお金があればそんなことをしなくていいし、もしお金を稼げなければ親にひどく怒られることもあります。

色々考えて何も言えないでいると子供たちが「何も食べてないの…お腹すいた…」と更に訴えてきます。先ほど見た記事の少年と重なって、どうにか助けてあげたい。お金をあげるのは支援でないかもしれないけど、この子たちには必要なお金…。ほんの少しのお金だけど助けになるなら…。と気が付いたらポケットに入っていた20MT札を少し身長の高いお兄ちゃんに渡していました。

この時点では、これで帰路につけると思っていました。しかし、お金を貰っていない弟が来て、「パンが食べたい…お腹がすいた…」と言います。

「今お金あげたでしょ。2人で分けて。」と言ったものの、「パンが食べたい…。」と話を聞きません。キリがないと思い、ホテルに戻るために歩を進めます。しかし、5分経っても、10分経ってもその弟は僕の袖を掴んで「パンが食べたい…」と繰り返します。そのうち、周りの大人からは「お前の子供か?!(笑)」と子供を馬鹿にしてからかってきたり、子供の頭をぶつ大人まで出てきました。貧しい想いをしてなお貶されなければならないこの子たちを思うと、どうしても哀しい気持ちにならざるを得ませんでした。そして、もとまさが視線を送らずに総菜屋の前にいればこんなに悲しく、痛い想いはしなかったのだろうと思いました。それでも、相変わらず「パンが食べたい…」と言いながら袖を離さずに小走りで付いてきます。先ほど買った総菜を渡そうとしますが、「パンが食べたい…」の一点張りです。

あまりにもしつこく付いてくるのでどうしようかと思っていると先ほどお金を貰ったお兄ちゃんが止めに来ました。「もういいじゃないか。諦めろよ。」というような感じです。しかし、今付いてきている弟は必死です。本当に生き死にが掛かっているような形相でお兄ちゃんの静止を振り払います。体の大きなお兄ちゃんに対して必死に抵抗をして、涙目になりながらも僕のところにまた走って来て「パンが食べたい…」と訴えます。

もう流石にこれ以上は見ていられなくなり、「わかった。わかったから落ち着いて。黙ってついてきて。」とだけ伝え、少し人通りの少ない道へ行き、先ほどと同じ額の20MTをその弟に渡しました。もうその子がどんな表情をしていたのか、どんな思いでそのお金を貰ったのか、確認する余裕もなく僕はその場を立ち去りました。「こんなことしかできなくてごめんね。」という想いで。その後、彼らは追ってくることはありませんでした。

ケリマネ市内のパン屋では中サイズのコッペパンが1つ3MTで売られているそうです。甘みも旨味も何の味もない、ただのパンです。ジャムもハムもレタスも何も付けれずに食べるんだと思います。それでも、彼らが生き延びて、この負の連鎖から抜け出す何かに出逢ってほしいなと願うとともに、僕自身もその一助になれるようにこの2年を過ごそうと改めて決心した日となりました。

 

まとめ

僕の感じた思いや感覚をそのまま100%伝えられたかはかなり怪しいですが、少しでも何かがみなさんに伝わっていれば良いなと思います。これからも、アフリカの良い面、悪い面、楽しい面、悲しい面、観光地、ゴミ山…色んなことを伝えていけるように活動をしてきます。皆さんの経験もシェアしていただけるのであれば是非ご連絡下さい。記事に載せたり、ブログで紹介したり、色んな輪を広げていきたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。


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